秋冬春夏

第2回:31頁「 父 」

今、あなたの心はどの季節にいますか?

そこではどんなことが起きていますか?

私たちが生身の人間であり、
こころという目には見えない意識が働き、
それがまるで、季節のように変わりゆくものであること、
私たちはそれをコントロールするのではなく、
クリーニングによって受け入れ、手放し、
また新しい季節をゼロから迎えることができるようにできているということを、
春夏秋冬、
クリーニングしながら、
あなたのいのち本来のリズムを取り戻していきましう。

クリーニング

ゼロ

平和

心を観察しながら、

以下のガイドに沿ってクリーニングしていきます。

「 正しい 」答えはありません。

これは「 あなた 」の記憶のクリーニングの歴史の始まりです。

あなたが、こころの状態に気づき、クリーニングする。

それが唯一の目的です。

そして、あなたのウニヒピリにとってベストなタイミングで、

少しづつ、

神聖なる存在のスピードによって、

あなたのいのちのペースに戻っていくための時間です。

焦りをクリーニング。

期待をクリーニング。

判断をクリーニング。

記憶は消去されていきます。

記憶は消去されているのです。

あなたが判断から自由になることへの招待の扉の前に今あなたは立っています。

ここに立つ間は、

あなたは自由に、

あなたの神聖なる存在の手のひらの上で、

ただ、あるものを、

クリーニングして、

見えてくるものを、

クリーニングするだけです。

始めていきましょう。

ありがとうございます。

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「 父 」というキーワードがあなたの人生に指し示すシンボルはなんでしょうか。

ある人にとっては、
目指したい人、
ある人にとっては、
助けてあげなくてはいけない人、

それが人生において、
好きな人であったり、
今は亡き人であったり、
自分が人生をかけているビジネスである人さえいます。

まずは、あなたにとっての
「父」というシンボルイメージをクリーニングしてみましょう。

あたたかさ
恐れ
悲しさ
寂しさ
憧れ
期待

でてくるものをクリーニングします。

○ 神聖なる存在はわたしたちにほんとうの強力で、愛に満ちた贈り物をくれたのです。

何か大きな出来事が自分の人生で起きたとき、
自分の思い通り、こうなってほしいという
期待という記憶が必ず起きます。

ホ・オポノポノでは、
まず、その大きな問題をどうにかしようというアクションではなく、
それを体験した時に、素早く起こるそのようなこころの状態、

期待、

絶望、

怒り、

などをクリーニングするのです。

クリーニングするためにこの出来事が起きているという状態、
気づきが、神聖なる存在からの贈り物を受け取る一番の近道だからです。

○ 97歳になる父は二度倒れ、そのときのケガが原因で歩くことができなくなりました。

あなたにとっての「父」の年齢はいくつですか?
すでに高齢であったとしても、
あなたにとっての「お父さん」をイメージする年齢は、
もしかしたら、もっと若い頃で止まってはいませんか?

その当時の父があなたに与えるものはなんだったのでしょうか。
その当時の父があなたにもたらすイメージをクリーニングしてみましょう。

人生で一番良き時代を象徴するものだったのかもしれません。

なかなか思い出せないほどの恐ろしい日々だったのでしょうか。

そして、父が高齢であるという体験をクリーニングしましょう。

それは悲しいことですか?

あなたにとって負担がある体験でしょうか?

恥が体験されるでしょうか?

感情は記憶です。
隠すのではなく、クリーニングします。

○ すぐにホ・オポノポノをして私たちがすべきことがでいるようにクリーニングを始めました。

何化が起きたとき、
こうせねばならないリストが目の前に立ち上がり、
圧倒されてしまうような体験があります。

もちろんすべきことはすぐに始めるのですが、

同時にクリーニングを始めることで、
神聖なる意志による「すべきこと」がスムーズにできる環境が整います。

○ 流れに従い6週間がたちました。父は歩き始め、心配は現実にはなりませんでした。
もちろん歩行器と一緒ではありますが、それはまったく問題ではありません。

ひとつの課題が人生の目の前に現れたとき、
私たちは途端に、自分自身がまるで完璧なプロデューサーであるような気持ちになります。
やり方、順番、結果、
すべてをかちかちに決めてからスタートするのです。

今あなたがもっているこだわりはなんですか?

それによってあなたは何を達成できるのでしょうか?

あなたはそれによってどのように幸せを体験できるのでしょうか?

記憶に埋められた道に、神聖なる存在のインスピレーションが入ってくる余地がありません。
完璧さは神聖なる存在のみが知っています。
わたしにとって、パーフェクトなことは、神聖なる存在にクリーニングというコミュニケーションを通して、
記憶を委ねたときに初めて見えてくるものです。

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