(Vol.1からの続き)誰かと自分を比べて落ち込んだり、「自分は十分ではない」と感じてしまうことはありませんか?
Vol.2では、ワイレアさんと共に「自分を卑下する癖」の手放し方、そして神聖なる存在(ディヴィニティ)への信頼について深めていきます。
<「自分を小さく扱う」デタラメ(Bullshit)には付き合わない>
アイリーン:
実は昨日、ある人と会って話した時、わたしは自分がとてもみじめに感じました。相手は何もしていないのに、勝手に自分が小さく感じてしまって……。
ワイレア:
かつて、わたしに「わたしは女王蜂で、あなたは働き蜂よ」と言った人がいましたよ(笑)。
アイリーン:
ええっ!それはきつい一言ですね。
ワイレア:
そんなふうに、わたしたちは自分を傷つけるような一言を言った相手に対して、とっさに相手を敵、自分を傷つける相手と判断して、その人を非難するか、防御体制に入るか、さまざまな策を相手と自分の間にとりますよね。
でも、そこでわたしたちがすべきことはひとつです。「ありがとう、愛しています」とまずはその体験をした張本人である自分自身に言うこと。
「痛かったね。でも、よかった。これでまたひとつクリーニングする機会を得たわ」と、外に向いている意識を内側に向けてクリーニングを始めるのです。
なぜなら、そのショックも傷も、もともと自分の中にあった記憶だから。消去されていない記憶が人や物事を通して、わたしにもう一度クリーニングするチャンスとして現れてくれたのです。
アイリーン、相手に力を明け渡してはいけません。誰かの態度によって自分を小さく感じた時こそ、神聖なる存在に委ねるのです。
誰かから傷つけられたのであれば、そこで相手を非難すること、相手をなんとか変えようとすることは、相手に、正しくは記憶に、自分の旅路の舵を渡してしまっているということ。
アイリーン:
ついつい、その不快な感情に浸ってしまいます。「わたしはダメだ」という声を聞き続けてしまうんです。
ワイレア:
自分自身に対して「十分ではない」と感じさせること、そしてそんな風に傷つく自分をさらに自ら罰したり、否定すること、それこそが病(disease)の原因になります。
ウニヒピリが「愛されていない」と感じて萎縮してしまうのです。
そんな時は、ウニヒピリの手をしっかり握って、こう言うのです。
「ごめんね。わたしたちは長い間、この記憶を抱え続けてきたのね。あなたの痛みがわかるわ。でも、もうこんなデタラメ(Bullshit)には付き合わないわよ。自分を小さく扱うのはもう終わり。この情報を全部集めて、神聖なる存在のところへ持っていくわよ! わたしたちは答えをもらうのよ!」
アイリーン:
「もう終わり!」……すごくパワフルですね。目が覚めるようです。
ワイレア:
そう、わたしもウニヒピリも、もういい加減うんざりしているの(笑)。これ以上、自分を無力な存在として扱うのはごめんです。
ウニヒピリにお願いして、すべての情報を集めてもらい、アウマクア(父)と共に神聖なる存在へ届ける。
そうして、誤りを正してもらう。それがホ・オポノポノです。
<「ドラマ」ではなく「インスピレーション」を信頼する>
アイリーン:
わたしは車の運転が苦手でこわいのですが、昨日、祖母の家に行くために勇気を出して運転しました。ずっとクリーニングをしていたら、ふとドーナツ屋さんに立ち寄ろうと思い立ち、祖母の家の近くのドーナツ屋さんを目指して運転していると、まるで用意されていたかのように、わたしの運転技能でも無理なく入れる完璧な駐車スペースが空いていたんです。
大したことない話かもしれませんが、それはわたしにとって「つながっている」と感じられる瞬間でした。
でも普段は、なかなかホ・オポノポノの結果を信じられない自分がいます。
ワイレア:
わたしたちはどうしても、神聖なる存在からのインスピレーションよりも、過去の「トラウマ」や「ドラマ」の方を信じてしまいがちですからね。
わたしの車「アンジェリカ」の話をしましょう。今週、車の調子が悪くて2回も止まってしまいました。でも、彼女(車)は2回とも、なんとか家のわたしの道まで運び、到着した瞬間に動かなくなったのです。「家に帰れたわ」と言っているかのように。
アイリーン:
わあ、守られているんですね。
ワイレア:
そう、だからわたしはホ・オポノポノが機能していると知っています。
「もうやめようかな」と疑うたびに、こういう奇跡が起きて、また引き戻されるのです(笑)。
アイリーン、ドラマに耳を傾けるのではなく、神聖なる存在がわたしたちを守ってくれることをもっと信頼しましょう。
完璧な駐車スペースが見つかっても見つからなくても、そこには必ず理由があります。
もしかしたら、不便な場所こそが「クリーニングが必要な場所」として完璧だったのかもしれません。
アイリーン:
なるほど。結果が良いか悪いかではなく、何が起きても「ただクリーニングする」ということですね。
ワイレア:
その通りです。どんな記憶が出てきても、層を剥がすようにクリーニングを続けるのです。
「ありがとう、愛しています」。ただそれだけです。
アイリーン:
今日は本当にありがとうございました。自分を小さく扱っていた記憶が癒やされ、清々しいシャワーを浴びたような気持ちです。
ワイレア:
こちらこそ、ありがとう。わたしもあなたのおかげで、必要なクリーニングができました。愛しています(I love you)。



