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カリフォルニア大学バークレー校を卒業して以来、32年間アメリカ政府が運営するEPA(アメリカ合衆国環境保護庁)で科学者の立場から環境調査をしてきました。
長年、学問と研究が人生の中心であったため、直感と呼ばれるものは信用しないということが、わたし自身が科学者であることゆえの当たり前の立場でした。
そんな中、わたしがなぜホ・オポノポノと出会うことになったのかお話させてください。

12歳の頃、海水浴中に離岸流に巻き込まれ、溺れたことがあります。
ここで人生が終わるのだと諦めとも落ち着きともいえぬ不思議な感覚を持ったところまでで意識が止まっているのですが、意識が遠のく中で、何か大きなものに触れられた感覚とそこから冷静に「あ、まだなのだ」と客観的に自分の人生の長さに触れたことがわたしにとって大きな経験となったのは間違いありません。
しかし、もともと科学者気質であるわたしはそこに神の存在を信じるということへはつながらず、実際に体が感じた不思議な感覚はなんなのだろうかという疑問、そしてそれを解明したいという欲求に変わりました。
大学を卒業すると同時に、信頼するマッサージセラピストと出会い、その方にホ・オポノポノの存在を知らされました。
問題解決法ですから、何かを信じることではなく、自分自身の意識を学ぶという印象でした。
しかし、あいにく、その頃開催されていたクラスではどれも自分のスケジュールが合わなかったため参加することができませんでした。
ただ、当時アメリカ全域で注目されていたアリゾナ州で開催されるネイティヴ・アメリカン(アメリカ先住民族)の大規模な会議にモーナ女史とイハレアカラ・ヒューレン博士がゲストとして参加するという情報を聞きつけ、スケジュールを合わせて参加しました。

Morrnah Nalamaku Simeona モーナ・ナラマク・シメオナ SITHホ・オポノポノの創設者であり、1983年にハワイ州宝に選ばれる。 モーナ女史のインタビュー記事はこちらからご覧ください。
Morrnah Nalamaku Simeona モーナ・ナラマク・シメオナ SITHホ・オポノポノの創設者であり、1983年にハワイ州宝に選ばれる。 モーナ女史の詳細プロフィールはこちらからご覧ください。 モーナ女史のインタビュー記事はこちらからご覧ください。

そして実際にクラスを開催し、ホ・オポノポノのプロセスを学んでいく中で最大のブロックはウニヒピリの存在でした。
しかも、ウニヒピリとの関わりがこのプロセスでは何よりも大事であると学ぶため、わたしはますます混乱しました。
見えないことに対しケアするということにどうしても抵抗と違和感があったのです。
今までであれば、すぐにやめてしまうのですが、プロセスそのものには深く納得するところがあり、そして、関わる講師やスタッフたちの誠実さが、これまで関わった人間には感じたことがないようなものでしたので、続けていました。

そんな中で、私が新しく赴任したプロジェクトは、デンバーにあるロッキーフラッツ国立公園の環境調査でした。
調査を始めてすぐに、わたしたちは地下水を通じて大量の放射性物質が漏れて、公園内に生息する野生の鹿などが被爆していることを突き止めました。
原因がロッキーフラッツという1952年から核兵器を製造する施設であることは明らかでした。
わたしたち環境保護庁も国家機関ですが、当時の原子力委員会というのは、国家機関の中でも上位の権力を持つ機関であったため、わたしたちの調査によって明らかとなったことと政府管理施設を操業停止・封鎖することが直接つながるということはとても難しいことという常識がありました。
そこでわたしはホ・オポノポノのプロセスをこの件で当てはめ、実践していきました。
メンバーや報告書はもちろん、この出来事に対する自分の正直な感覚、想定される権力抗争のあらすじ、核に対する恐れや嫌悪、そして何よりもわたしの知識そのものをたくさんクリーニングするようにしました。

そうすると、どういうわけは、想像をはるかに超えた速さでわたしたちの報告書は上層部に認定され、すぐさま施設の操業停止と撤去が決定されたのです。
これは異例の速さとして当時のニュースでも取り上げられ、1992年にロッキーフラッツは素晴らしいチームワークによって操業停止となりました。
わたしはわたしの仕事、クリーニングをしただけで、争いや疲弊は一切ありませんでした。
さらにこの話は続きがあり、通常であればこういうことがあると、環境保護庁と原子力委員会の間に亀裂が入ることで、それ以外のプロジェクトにおいて妨害なども考えられるのですが、このロッキーフラッツがきっかけとなり、むしろわたしたちの協力体制が強固なものとなりました。
それがきっかけで、今度はアイダホにある原子力発電所に関する調査がスムーズに始まったのです。
わたしが行ったプロセスは、プロジェクト、報告書、そしてわたしの感情などをクリーニングしていくということでしたが、これをきっかけになぜだかわたしはウニヒピリに話しかけることになんの抵抗もなくなっていきました。
仕事に対してクリーニングするのと同じ流れで、「今日どんなスカートを履きたい?」とウニヒピリに話しかけるのはなんの矛盾もないのだということに気づいたのです。
わたしの仕事はただただ、自分自身に持ち上がるあらゆる体験をクリーニングすること、ただそれだけ。そして潜在意識が深くクリーニングされればされるほど、問題は驚くべき速さで、そして想像を超える方法で解決されていくのだという実感がより深まっていきました。
つまり、これまでは忌み嫌っていた「直感」にただ振り回されている立場だったのが、それをクリーニングすることで、神聖なる存在に舵をとってもらうという立場に変わったおかげで、わたしはより自分の才能を活かすことができるようになりました。

インスピレーションとは、わたしたちが受け取ったり聞こえる何かではなく、わたしが自分の仕事に戻り、神聖なる存在に舵を委ねた時に、起きる出来事、それそのものなのだとわたしは実感しています。

デボラ・ハレイワ・マンギス講師紹介
Deborah Haleiwa Mangis, Ph.D. デボラ・ハレイワ・マンギス 1980年代後半に初めてデボラは、コロラドで行われたホ・オポノポノのクラスに参加以降、クラスのコーディネーター、講師としてクラスを開催している。 生態学での博士号を取得しており、近年までアメリカ合衆国環境保護庁やアメリカ合衆国国立公園局にて学者兼マネージャーとして従事していた。 デボラ・ハレイワ・マンギスのインタビュー記事はこちらからご覧ください。

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