<アイリーン・シュウォネックよりメッセージ>
個人セッションに興味を持たれたすべての方にお伝えしたいのは、どれほど強い感情の中にいたとしても、常にクリーニングは起きているということです。
感情に溺れたり、打ちのめされるような体験はとてもつらいものですが、それでもわたしたちは常に守られていて、選択すれば内なる神聖さとつながり、そして常に導かれているということです。
クリーニングは常に働いています。たとえ自分が何もしていないように感じても、わたしたちはクリーニングの道具として存在しています。
わたし個人の話をしますが、つい最近、非常につらい体験がありました。14年間、出張に出ている時以外は常に共にいた家族である愛犬を亡くしました。背中の痛みを訴えてからすぐに体調が悪化し、病院に連れて行ったものの、亡くなってしまいました。彼の死はわたしに大きなショックを与え、クリーニングすらできない状態になりました。
この感覚は以前にも体験したことがあると感じました。
今目の前にあるドアを開け、片足を踏み込んだその先には「鬱」がありました。クリーニングをしなければ、わたしはその先にあるものを知っているし、そこから抜け出せずに苦しみ、なぜ自分がこんな目にあわなければならないのかと、怒りに悶える自分を知っていました。
そんな時、ある人が「自分自身こそがクリーニングツールになり得る」と言ったことを思い出したのです。「今はクリーニングすることすらできないときがあっても、それでいい」と受け入れました。
それと同時に、彼の喪失を通して、わたしが失ったのは「存在」そのものではなく、「愛、喜び、平和」という感覚だったのだと気がつきました。彼はそれをわたしに思い出させてくれていたのです。だから今、わたしはあらためてクリーニングの実践を再開し、それらを自分の中に見つけ直しています。
クリーニングがどうしてもできなくても、わたしは守られていたことを実感しています。神性なる存在とのつながりがあると、後から分かりました。感情に呑まれているときでも、わたしたちは常に導かれています。
個人セッションを通して、たとえ今あなたがどんな場所で何を体験し、無力さに打ちひしがれていたとしても、本当の自分はいつも守られているという、その気づきに戻るお手伝いさせていただきたいと思っています。
平和
アイリーン・シュウォネック